親が認知症になったら、預金の引き出しや不動産の売却はどうなるのか、気になったことはないでしょうか。成年後見制度とは、認知症や知的障害・精神障害などで判断能力が十分でない方に代わって、契約や財産管理を行う人を選ぶ制度です。2026年6月には制度の大幅な見直しを盛り込んだ改正法も成立しており、これから利用を検討する方は現行制度と改正内容の両方を知っておく必要があります。
この記事では、成年後見制度の基本的な仕組みから、法定後見の3類型、申立ての流れ、メリット・デメリット、費用、2026年の法改正までをまとめて解説します。すでに親が認知症になった場合の相続対策を検討している方は、この記事とあわせて対策の優先順位を整理してみてください。
成年後見制度は判断能力を支援する制度
厚生労働省は成年後見制度を「知的障害・精神障害・認知症などによってひとりで決めることが心配な人の思いを地域みんなで分かち合い、いろいろな契約や手続をする際にお手伝いする制度」と説明しています。大きく分けると、すでに判断能力が低下した人を対象とする「法定後見」と、判断能力があるうちに将来に備えて契約しておく「任意後見」の2種類があります。
認知症や知的障害、精神障害などによって判断能力が十分でない状態は誰にでも起こり得るため、家族にそうした状態の人がいる場合や、自分自身が将来に備えたい場合に検討される制度です。判断能力の低下は本人だけでなく、財産管理を任されている家族にとっても大きな不安要素になります。
預金の管理や不動産の売却、介護施設との契約など、生活に直結する場面で本人の意思確認が難しくなったときに、この制度が実務上の受け皿になります。
法定後見は事後、任意後見は事前の契約
法定後見は、本人の判断能力がすでに低下した後に、家庭裁判所が後見人等を選任する制度です。本人や家族の希望通りに後見人が選ばれるとは限らず、選任は裁判所の判断に委ねられます。一方、任意後見は判断能力があるうちに、本人が信頼する人を自分で選び、公正証書で契約を結んでおく制度です。将来誰に何を任せるかを自分の意思で決められる点が、法定後見との大きな違いです。
任意後見は公正証書による契約が前提となるため、口約束や私的な書面だけでは効力が認められません。将来に備えて誰に何を任せたいかを、判断能力があるうちに具体的に決めておく必要があります。
認知症や知的障害がある人が対象になる
認知症の高齢者だけでなく、知的障害や精神障害によって判断能力が十分でない方も対象になります。最高裁判所の統計によると、令和6年の申立件数は合計41,841件で、前年から約2.2%増加しており、利用者は年々増加傾向にあります。
判断能力の低下がどの程度進んでいるかによって、後見・保佐・補助のどの類型が適用されるかが変わります。高齢化の進行にともない、今後も認知症を理由とした申立ては増えていくと見込まれており、自分や家族には関係ないと考えず、制度の仕組みを早めに知っておくことが実務上の備えにつながります。
法定後見は3類型から補助への一本化が決定
現行の法定後見制度には、判断能力の低下の程度に応じて「後見」「保佐」「補助」の3類型がありますが、2026年6月の法改正により、将来的にはこの3類型が「補助」に一本化されることが決まっています。判断能力の程度によって適用される類型が固定的に決まる現行の仕組みから、本人の状態に応じて支援内容を柔軟に調整できる仕組みへと再構築される見込みです。
現行制度を前提に手続きを進めている方も、将来の制度変更を踏まえて動く必要があるため、現行制度と改正後の姿の両方を押さえておきましょう。
後見・保佐・補助で代理権の範囲が変わる
「後見」は判断能力をほとんど欠く状態にある方が対象で、後見人が財産管理全般について広い代理権を持ちます。「保佐」は判断能力が著しく不十分な方が対象で、特定の重要な行為について同意権・取消権を持ちます。「補助」は判断能力が不十分な方が対象で、家庭裁判所が個別に定めた特定の行為についてのみ支援します。
類型が変わると後見人等が持つ権限の大きさも変わるため、家庭裁判所は医師の診断書などをもとに、本人の判断能力がどの類型に該当するかを慎重に判断します。最高裁判所の統計では、令和6年の申立件数のうち後見開始が28,785件と全体の約69%を占め、保佐開始9,156件、補助開始3,026件と続いており、現状は後見類型の利用が圧倒的に多くなっています。
2026年の法改正で補助に一本化される
法務省の発表によると、成年後見制度の見直しを盛り込んだ改正民法は2026年6月17日に成立、同月24日に公布されました。改正後は「後見」「保佐」の制度を廃止し、「補助」に一元化したうえで、本人にとって必要な範囲・期間だけ利用できる仕組みに再構築されます。
施行は公布から2年6か月を超えない範囲、つまり遅くとも2028年12月24日までに政令で定める日とされており、現時点ではまだ施行されていません。施行までにはまだ数年の猶予があるため、今すぐ制度を利用したい方は、現行の3類型を前提に手続きを進めることになります。制度が必要なくなったと家庭裁判所が認めれば利用を終了できるようになる点も、現行の「一度開始すると原則やめられない」制度からの大きな変更点です。
申立てから選任まで数か月かかるのが実情
法定後見を利用するには、本人の住所地を管轄する家庭裁判所に申立てを行う必要があります。審理には数か月程度かかるのが一般的で、申立てをしてすぐに後見人が決まるわけではない点も押さえておく必要があります。
急を要する事情がある場合でも、この審理期間を短縮することは難しいため、預金の引き出しなど緊急の資金需要がある場合は、事前に他の手段もあわせて検討しておく必要があります。
申立てから実際に後見人が選任されるまでの主な流れを確認しておきましょう。
家庭裁判所への申立てに必要な書類
申立てには、申立書のほか、本人の戸籍謄本・住民票、医師の診断書、財産に関する資料などが必要です。申立てができるのは本人・配偶者・四親等内の親族のほか、身寄りがない場合は市区町村長が申立てを行うケースもあります。
申立て後は家庭裁判所の調査官による事情聴取や、必要に応じて親族への意向照会が行われたうえで、後見人等が選任されます。書類に不備があると審理がさらに長引くこともあるため、申立て前に家庭裁判所の窓口や司法書士・弁護士に必要書類を確認しておくと、手続きをスムーズに進めやすくなります。
鑑定が必要になるケースは全体の4%未満
「鑑定費用に5万円〜10万円が必ずかかる」と紹介されることがありますが、最高裁判所の統計によると、実際に鑑定を実施したケースは終局事件全体の約3.8%にとどまります。多くの場合、医師の診断書のみで判断能力の程度が確認され、鑑定なしで審理が進みます。
鑑定を実施した場合でも、費用が10万円以下に収まったケースが全体の約87.1%を占めており、想定より高額になることはまれです。鑑定の要否は家庭裁判所が判断するため、申立て段階でどちらになるか確実に予測することはできませんが、診断書の内容が明確であれば鑑定なしで進むケースが大半です。
成年後見制度を利用する2つのメリット
成年後見制度を利用する最大のメリットは、判断能力が低下した本人に代わって、契約や財産管理を安全に行える仕組みが整う点です。本人だけでは対応が難しくなった契約や手続きを、法的な権限を持つ第三者が代行できるようになるため、家族の負担軽減にもつながります。
具体的にどのような場面でメリットを感じやすいのか、2つに分けて見ていきましょう。
財産の使い込みなどのトラブルを防げる
後見人等が選任されると、本人の財産状況を定期的に家庭裁判所へ報告する義務が生じます。この仕組みにより、親族や第三者による使い込みを防ぎやすくなり、本人の財産を長期的に守ることにつながります。
後見人等が家庭裁判所へ提出する財産目録や収支報告は継続的に確認されるため、不正な支出があれば発覚しやすい仕組みになっています。特に身寄りが少ない高齢者にとっては、財産管理を客観的にチェックする仕組みがあること自体が安心材料になります。
契約行為を代わりに行ってもらえる
施設入所の契約や不動産の管理・処分、預貯金の払い戻しといった契約行為を、後見人等が本人に代わって行えるようになります。判断能力が低下した後は、こうした契約を本人だけで有効に結ぶことが難しくなるため、後見人等が法的な代理権を持つことで、必要な手続きが滞らずに進められる点は大きな利点です。
成年後見制度がひどいと言われる理由・デメリット
インターネット上では「成年後見制度はひどい」という声も多く見られます。制度を利用してから「思っていたのと違った」と感じる人が一定数いるのも事実で、契約前にデメリットまで理解しておくことが重要です。
実際にどのような点が指摘されているのか、公式統計もあわせて確認しておきましょう。
親族が後見人に選ばれるとは限らない
最高裁判所の統計によると、令和6年に成年後見人等に選任されたもののうち、親族が選ばれたのは全体の約17.1%にとどまり、残る約82.9%は弁護士・司法書士などの専門職が選任されています。申立書に親族を候補者として記載したケースは約21.3%ありますが、それでも実際に親族が選ばれるとは限らないのが実情です。「家族が後見人になれると思っていたのに、見ず知らずの専門職が選ばれた」という不満が「ひどい」という評判につながりやすい要因になっています。
資産の積極的な運用や整理ができない
成年後見制度の目的は本人の財産を「守り、維持すること」にあるため、後見人等は元本割れのリスクがある株式投資や、相続税対策を目的とした生前贈与・不動産の組み換えといった行為を、原則として行うことができません。家族としては柔軟に財産を活用したい場面でも、後見人が就くとその選択肢が大きく制限される点は、制度を利用する前によく理解しておく必要があります。判断能力が低下する前に財産の活用方法まで決めておきたい場合は、家族信託のように財産管理の目的や範囲を契約で柔軟に設計できる制度も選択肢になります。
一度開始すると原則やめられない
現行制度では、後見等がいったん開始されると、本人の判断能力が回復しない限り、途中で利用そのものをやめることは原則としてできません。想定より制約が大きいと感じても、判断能力の回復が家庭裁判所に認められない限り、亡くなるまで長期間にわたって制度の利用が続くことになります。前述の通り、2026年の法改正ではこの「終身制」が見直され、必要がなくなれば利用を終了できる仕組みが導入される予定です。
成年後見制度の利用にかかる費用
成年後見制度の費用は、法定後見と任意後見で内訳が異なります。「思ったより高額だった」と感じる項目もあれば、鑑定費用のように実際にはかかるケースが少ない項目もあるため、事前に内訳を正確に把握しておくと不安を減らせます。
それぞれの費用を整理します。
法定後見の申立てにかかる費用
法定後見の申立てには、収入印紙・登記印紙代として3,400円程度、連絡用の郵便切手代として4,000円程度が必要です。医師の診断書作成費用は数千円程度が目安ですが、医療機関によって異なります。前述の通り鑑定が必要になるケースは全体の約4%にとどまるため、多くの場合はこれらの費用だけで申立てが完了します。
任意後見契約を結ぶ際の費用
厚生労働省の解説によると、任意後見契約を結ぶ際は、公証役場での基本手数料11,000円、登記嘱託手数料1,400円、登記所印紙代2,600円が必要です。実際に本人の判断能力が低下し、任意後見監督人の選任を申し立てる段階では、申立手数料800円、登記手数料1,400円が別途かかります。専門家に契約書の作成支援を依頼する場合は、これに専門家への報酬が加わります。
後見人の報酬は家庭裁判所が決定する
後見人等への報酬は自動的に発生するものではなく、法務省のQ&Aによると、後見人等から家庭裁判所に請求があった場合に、家庭裁判所の判断により支払いが必要となる仕組みです。専門職が選任された場合、本人の財産状況などを考慮して家庭裁判所が報酬額を決定するため、財産が多いほど報酬額も高くなる傾向があります。親族が後見人になった場合でも、無報酬にする義務はなく、希望すれば報酬を請求することができます。
成年後見制度に関するよくある質問
成年後見制度は何歳から利用できますか?
成年後見制度の利用に年齢の下限は定められていません。18歳以上であれば、判断能力が十分でない状態にあると認められれば法定後見を利用でき、任意後見契約も18歳以上の成人であれば結ぶことができます。実際には、認知症の診断を受けた高齢者による利用が大半を占めています。
一度選ばれた後見人を交代してもらえますか?
後見人等との相性が合わないという理由だけで、本人や家族の意向により自由に交代させることはできません。ただし、後見人等に不正行為や著しい任務違反があった場合は、家庭裁判所の判断で解任され、新たな後見人等が選任されることがあります。交代を希望する場合は、まず家庭裁判所や地域の権利擁護支援窓口に相談することをおすすめします。
後見人は複数人選ばれることもありますか?
財産管理と身上監護をそれぞれ別の後見人が分担して担当するなど、家庭裁判所の判断により複数の後見人等が選ばれることがあります。親族と専門職を組み合わせて選任し、専門的な判断が必要な場面では専門職が、日常的な見守りは親族が担うという形にすることも可能です。
会社を経営している場合でも制度を利用できますか?
会社役員が後見開始の審判を受けると、会社法上の規定により取締役等の地位を失う場合があります。事業の継続や事業承継を控えている経営者が制度の利用を検討する際は、法定後見だけでなく、任意後見や家族信託を組み合わせて、経営権の扱いをあらかじめ整理しておくことが重要です。専門家に相談したうえで、自社の定款や契約内容も確認しておきましょう。
本人が亡くなると後見人の仕事はどうなりますか?
後見人等の職務は、本人が亡くなった時点で原則として終了します。死亡届の提出など一部の事務は一定の要件のもとで後見人等が行える場合がありますが、葬儀や納骨、遺品整理といった死後の事務まで幅広く任せたい場合は、死後事務委任契約を別途結んでおく必要があります。

